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大阪高等裁判所 昭和37年(く)41号 決定 1962年12月21日

少年 H(昭二二・一・一八生)

主文

原決定を取消す。

本件を京都家庭裁判所に差し戻す。

理由

本件抗告の要旨は、少年は従前非行を重ねていたが、××中学校卒業生の中、松下電器産業株式会社の工員に採用されたのは少年一人であり、学校としても将来を嘱望していたものであり、少年院に収容されると右会社を解雇されて職場を失い、自暴自棄に陥ることは必定であつて、少年保護の主旨に反する。少年は衷心改悛し、今後は真面目に働き、親孝行することを誓つており、両親もまた監護に十分力を尽すといつているから、原決定を取消されたいというのである。

よつて少年保護事件記録並びに少年調査記録を調査するに、本件非行の態様は年齢に比してかなり大胆粗暴であること、昭和三六年六月二一日京都家庭裁判所で恐喝、同未遂、暴力行為等処罰に関する法律違反保護事件により保護観察に付されたのに拘らず、その後原決定の処分の理由に掲記されているように同年一一月頃から翌昭和三七年三月中旬頃までの間一〇数回に亘つて窃盗恐喝などの非行を反覆し、その間昭和三七年一月頃友人の空気銃を不法所持した廉により、同年四月三日同裁判所で審判不開始処分を受け、その前後において同年三月二二日松下電器産業株式会社に製品検査工として就職し、同年四月八日××高等学校定時制一年に進学したところ、同月一七日交通事故によつて頭部を負傷して入院治療し、殆んど恢復したので、実母が定期乗車券を購入して同年五月一四日から右会社に出勤するよう保していたのに拘らず、同月一三日更に本件恐喝事件をおこして同月一八日逮捕されるまで出勤しなかつたこと、××中学校在学中喫煙飲酒の悪習を覚え、不良仲間と賭博をし、本件により京都少年鑑別所に収容されている間に、いれずみをしたこと、少年の性格が発揚性型で自己顕示欲型であること、両親が溺愛のあまり監督保護に十分でなかつたこと、その他交友関係など記録に現われた諸般の事情を綜合すると、少年の反社会的性格の徴表は濃厚であるから、これを矯正するためには相当厳格な保護対策を講ずる必要があることは否み難い。しかし本件恐喝の事実は原決定において証明が不十分であること、本件記録及び当裁判所の事実取調の結果によれば、少年には本件非行事実について反省の色が窺われ、昭和三七年七月六日当裁判所がなした少年院送致の執行停止後、前記松下電器産業株式会社に両親のもとから姉とともに通勤し、同年一〇月三〇日同会社を退職したが、引続き実父の勤務する日本○○製造合資会社に就職し、父が運転する三輪貨物自動車の助手として父の監督のもとに勤務し、その間生活態度が改善されていること。従来の交友関係から遠ざかり、保護者もその関係を絶たしめるように努めていることなどを考慮すると、このまま生活の安定と環境の改善により、所期の自的を達し得られることも期待できないことはないと思われる。叙上の見地から少年を初等少年院に送致した原決定を取消し、原裁判所において更らに適当な保護処分をするのが相当であると認められるので、少年法第三三条第二項、第三二条により主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 小田春雄 裁判官 石原武夫 裁判官 原田修)

別紙一

原審決定(京都家裁 昭三七・六・一九決定)

主文

少年を初等少年院に送致する。

理由

(一) 罪となるべき事実

少年は、昭和三七年三月一六日午後三時三〇分頃、京都市○○区××町△△通り□□街道の十字路附近路上で中学生当時の同窓生であるI等数名が通行中のA、B、C、D及びEの五名(いずれも当一五年)に対し些細なことに因縁をつけて喧嘩を始めたのを知るや、I等を応援しようとして同所に馳けつけたところ、附近にいた他の同窓生一〇余名もその場に集り、ここにおいて右I等約二〇名の同窓生と共謀の上、附近路上において右同窓生等が取り囲む中で右A、C及びBを順次引き出しては少年等二、三名において交互に顔面、腹部等を手拳で殴打し、足蹴りし、或はごみ箱の蓋で殴りつけ、更に右D及びEに対しても他の共犯者において顔面又は胸部を手拳で殴打し、以て多衆の威力を示して各暴行を加え、その結果右Aに対しては治療約一週間を要する左額部、左眼部皮下血腫、胸部、頭部挫傷、右C及びBに対してはいずれも治療約五日間を要する上下口唇挫傷の傷害を負わせたものである。

なお、昭和三七年少第二〇九四号恐喝の事実は、当審判廷における少年の供述に照らして証明不充分である。

(二) 適用法令

右A、C及びBに対する各傷害の事実につき、刑法第二〇四条、第六〇条

右D及びEに対する各暴力行為等処罰に関する法律違反の事実につき、暴力行為等処罰に関する法律第一条第一項、刑法第六〇条

(三) 処分

少年は、既に昭和三六年六月二一日恐喝、暴力行為等処罰に関する法律違反等の事件により保護観察に付されているものであるが、その後一年を経ない中に本件を含めて一〇余件の同種非行を更に反覆しており、本件非行の態様もこの年輩の少年のものとしてはかなり大胆にして兇悪であつて、その暴力的非行傾向についての矯正は全く軌道に乗つていない。また、少年の生活態度についてみても、なお悪交友を続け、飲酒、喫煙は勿論手首に文身をし、賭博をする等極端に不良化していて、切角一流会社に就職したものの本年四月に受けた交通事故による休職を契機に勤労意欲さえ失いつつある。以上の少年の非行傾向及び生活態度にその性格が発揚情性型にして自己顕示欲型であること、家庭が少年に対して放任的で十分な保護能力を欠いていることを併せ考えると、このままでは少年はいわゆるやくざ風の人間になり将来もなお同種非行に走る虞れが大きい。以上のとおりであるから、少年に対してはも早や従前の保護観察によつて保護の適正を期すことは到底困難であり、この際少年院に収容の上補導矯正を施すのを相当と認めて少年法第二四条第一項、少年審判規則第三七条第一項、少年院法第二条により主文のとおり決定する。

別紙二

抗告申立書

少年 H

右者に係る恐喝等審判事件につき京都家庭裁判所が言渡した決定には不服につき抗告申立をする。

昭和三七年六月二五日

右附添人 市井栄作

大阪高等裁判所御中

抗告理由

本少年は従前は稍普通に非ず非行を重ねたる事あるも、本決定ありたる後は生れ替つた様に従順になり、亦教師たりし××中学校御担任辻郎氏同入江平三氏の嘆願書の如く、本人が松下電器株式会社工員に採用されたのは××中学卒業者中に只一人であり、学校としても非常に期待嘱望して居た次第であり、本人の将来を嘱目して居たのに今度の事で少年院に収容されれば松下電器は直ちに解雇する事で、本人としては少年院を出ても職場を失い必ずや自暴自棄に陥る事必定、それでは少年保護の主旨にも反する事となる。

本人は非常に改悛し、今後は再び斯様な事はせないのは勿論一生懸命働き親孝行をすると誓つて居り、両親亦十分監護する由本附添人にも話して居る次第、保護司の処へ従順に行かなかつたからとの保護司の報告のみを重視するは当を得ざる次第、何卒執行猶予の御恩典を賜わります様お願申し上げます。

昭和三七年六月二五日

附添人市井栄作

大阪高等裁判所 御中

別紙三

執行停止決定(大阪高裁 昭三七(く)四一号 昭和三七・七・六刑五部決定)

決  定

本籍 京都市○○区△町××番地

住居同市同区□□町××番地

字治少年院在院中

少年 H

昭和二二年一月一八日生

附添人弁護士市井栄作

右少年に対する暴力行為等処罰に関する法律違反傷害恐喝保護事件について、昭和三七年六月一九日京都家庭裁判所が言渡した少年を初等少年院に送致する決定に対し、附添人市井栄作から抗告の申立があつたので、当裁判所は次のとおり決定する。

主文

原裁判所がなした決定の執行を停止する。

(裁判長裁判官 小田春雄 裁判官 石原武夫 裁判官 原田修)

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